2014年07月13日

第124話 決別の時

今から約15年程前、我が家に産まれた一頭の子牛(名前、しげ子)



この度、高齢の為…手離すことになりました( ノД`)…



しげ子は13頭も子牛を出産し、我々飼い主に大きく貢献してくれました。







15年を人間界の時間に表すと、生まれた赤ちゃんが中学生になりますね…


そんな長い年月、家族同様過ごしてきただけに別れは寂しすぎる…




産んでくれた子牛の1頭は、しげ子の後継者として現在頑張ってます。



以前ブログの第26話と第36話でも紹介した母牛名・福子です。



今後はこの福ちゃんが、しげ子の分まで頑張ってくれるでしょう〜





先日の成牛競りで新たな飼い主を待つしげ子↓








後どれくらい生きれるかは、新しい飼い主さんの考え方次第ですが、


今は感謝しかありません。しげ子さん本当にありがとう!(T-T)





季節は梅雨も明け、暑い夏になりました。



どんなに季節は変わろうとも、今まで当たり前の様にいた牛、家族が


いなくなろうとも、それでもやっぱり明日はやってきます…




辛い事もたくさんありますけど、また牛舎には新たな子牛も誕生するし、


前に前へ進むしかない!!と…しげ子さんとの決別で色々と考えさせられ


ました…(/≧◇≦\)感情移入が難しい農業…頑張ろう〜(~O~;)
posted by kouji at 19:00| 鹿児島 ☀| Comment(0) | ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月25日

第122話 本物志向

昨日は、最近同じ町内会に家を建てた同級生から

新築祝いのお誘いを頂いたのでお邪魔しました。



高齢化が進むこの町に、若い家族が増えていく事

で自分も心強く感じますし、何か共に地元を盛り

上げていければ良いなぁ〜(*^O^*)と思います。




それにしても、とても良い新宅でしたヽ(*´▽)ノ






そして、この日のお祝い御膳はうちの外食事業

farmーkitchenが承りました〜(*^▽^)/★*☆♪





地元食材使用の思いを込めたこだわりお弁当!




友人にもお客さんにも喜んで貰って良かった♪






それにしても、鹿屋市は本当に食材に恵まれた町

だと思います。うちらが住む高隈山地は山の幸、

そして海も近いことから漁業も盛んです(*^¬^*)





先日は、魚の直営店もオープンし早速見学に☆






向かいにはレストランもあり、新鮮な魚料理を

頂きました〜♪取れたてサイコー(о´∀`о)











farmーkitchenのお弁当に使う魚料理はここで

仕入れる事に決めました!やはり農家が営む

弁当屋として食材には妥協したくないですからー



でもまぁ…山の幸にしても海の幸にしても、取れ

たて新鮮だからとか、安心安全な食材だからとか

言ってもその付加価値は消費者が決める事です。



最終的に受け止める側の手に触れた時の感動が

より「本物」と言う言葉に近づけるのかなぁと…





たかくまファームの外食事業、farmーkitchenの

基本理念は、「本物の食を追及する」です!!




自ら育てた、あるいは生産者から直で仕入れた

最高の食材に一手間も二手間も想いを込め、本物

の食と呼ばれる様な料理をご提供していきます。





ちょっとハードルを上げすぎましたけど…(^o^;)

farmーkitchenの店長はまだまだ若い女子です。



ブログも色々と書いてるのでそちらも是非ご閲覧

して下さいね。今後共応援宜しくお願いします。


店長ブログ http://eri-rin.seesaa.net



posted by kouji at 14:35| 鹿児島 ☁| Comment(0) | ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月25日

第121話 道標

3月31日に死去した父の通夜及び葬儀に参列して

下さった皆様方、誠にありがとうございました。


この場をお借りしてお礼申し上げますm(__)m



賑やかな所が好きな父だったので、多くの皆様方

に御参列頂けたこと家族共々感謝しております。




父は重度の糖尿病から、人工透析を10年間程

しておりました。最近では、体のあらゆる所が

弱まってきており31日に突然、合併症による

病気で他界致しました。62歳でした…




若い時から元気が有りすぎるぐらい活発で、暴飲

暴食、喫煙はもちろん自己中のわがまま頑固者。


そして、うちら子供には厳しくイタズラをしたら

竹刀で叩かれる事もよくありましたね(^_^;)




僕自身は幼い頃、そんな父親が大嫌いでした。





スポーツの出来る兄と勉強の出来る妹に挟まれて

何の取り柄もない自分は常に比較されてました。



「何をしてもお前は駄目だ!」と言われ続け…



おまけに、小児喘息やアトピーなど患い体も弱く

落ち着きも無く、交通事故で死にそうになった事

もあったりで迷惑ばかりかけていましたし…(._.)



喘息の発作で苦しんでいた時、看病してくれてた

母親に対し、病気の事は何も分からない父親は

「仮病だから甘やかすな!!」と母を激怒し一度も

父からは病院に連れて貰った記憶がありません。



だから、幼いながらに好きになれなかったです。




僕はいつしか父を反面教師として見ていました。





そんな父が初めて誉めてくれたのは、小学校四年

の時、剣道大会の個人戦で準優勝した時でした。


初めての入賞に父はニヤニヤしながら嬉しそうに

「よく頑張った!」と誉めてくれました。僕は

子供ながらにすごく嬉しかった事を覚えてます。




それから、もっと頑張ればもっと誉めて貰える

駄目だと言われ続けた自分をもっと認めて欲しい

と思い、剣道だけは一心不乱に頑張りました。



そして、幾度となく個人優勝を成し遂げる度に

あまり口には出さなかったのですが、誇らしげに

嬉しそうにしていた父の顔を今でも忘れません。





今思えば、父に認めて貰いたい一心で部活も勉強

も必死で頑張っていたのかもしれませんね…



貶して叱って怒り狂って…そしてたまに誉めて…



気が付けばそれで精神的にも成長出来、さらに

病気にも負けない体力を身に付けていたのかも…



不器用な父らしい教育のやり方だったのかな…






大人になり、嫌いな感情は薄れていきましたが

二人で酒を交わすことも無く、少し距離をおいて

おりました。また家業である農業には無関心で、

僕はそれなりに社会人として働いていました。




それが後継者として家業を継ぐきっかけになった

のは父の糖尿病が悪化し、透析を始めてしばらく

して殆んど仕事が出来なくなっていたからです。



別に父の為に就農したという理由より、小さな

体で一人頑張っていた母の姿が可哀想に見え、

また農場には設備もあるし借金もある…と最初は

そんな理由で何となく継ぐ事を決めてました。





僕が母と二人で農業をするようになって、父親は

殆んど現場に出ず口で指図する日々…。確かに、

指導して貰いたい所はたくさんあったのですが、

命令される事が嫌でイライラする日常…ケンカも

しました。僕は「親父はいない方がいい」と思っ

てました…変なプライドがあったのでしょう(--;)




けれど今考えると、教えて貰いたかった事はまだ

まだ多くあったはずなのに…。父の方も家族一緒

に仕事がやりたかったのだろう…と思いました。




自分達には理解出来なかった透析での体のキツ

さ、精神的な辛さ…もっと父との距離を縮めて

歩み寄れとけば良かったと思いました…




死なんてまだ先の事なんだと思ってましたから…





亡くなる寸前まで普段通りの会話をしてたのに、

突然の事で実感がありませんでしたが4月2日の

葬儀終了後、火葬場にてその身体が無くなった時

ようやく父親がいなくなった事を実感しました。




そしてその瞬間、涙が溢れ何とも言えないほど

辛く切なくなり、また悲しい気持ちなりました…




生前、意地や照れやプライドが邪魔して素直に

語り合え無かった事を大変後悔しました…





父親とは37年間の付き合いでしたが、良い所も

悪い所も全てを今後自分の人生に活かせるよう、

また父の歩んだ道、残してくれたものを道標と

して家族皆で前に進んでいきたいと思います。







親父、


これまで素直に言えなかったけど、親父の存在は

本当に絶大だったと思うよ。親父無しではうちら

家族は存在してなかったから。感謝してます。




俺はこれからもっともっとデカイ人間になるよ。




だから母ちゃんの事、農場の事、家族の事、何も

心配せんで良いからこっちの事は任せて。今まで

長年痛さと戦っていたんだからゆっくり休んで。



そっちではもう、じいちゃんと会えたかな?

仲良く酒でも飲みながら見守ってて下さい。



今まで、本当に本当にありがとうございました。


posted by kouji at 12:35| 鹿児島 ☀| Comment(4) | ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月21日

第120話 行政機関の手腕

昨年の暮れぐらいから、ここ鹿屋市でも爆発的に

広がったPED(豚流行性下痢)・・・(;´Д`)

残念な事に多くの子豚が死んだそうです。


幸いにも、うちの豚からは感染は見られません

でしたが周囲の農場では被害があったそうです。




今現在、鹿屋市にある農場からは感染報告も無く

終息方向へと向かいつつあるようですが…(--;)


しかし、薩摩半島方面や宮崎県に至っては更なる

感染の広がりを見せてるみたいですね…



いわゆる第2のピークってやつです…(;´Д`)





さてさて、気分を変えましてー。そんな病気にも

負けず、立派に生き抜いてきた元気な子豚達が

先日360頭、我が農場に導入されました(*^^*)











せっかく憎らしい病気にも打ち勝ってきた子豚達

なので、これからも管理を徹底して約3ヶ月先の

出荷まで元気に育てたいと思います(* ̄∇ ̄)ノ





それしても、いつ終息宣言が発令されるか…



現場では農家も役所も関係企業も、高い緊張感を

いつまで保ち続ける事は不可能の近い…しかし、

気が緩むとまたいつ再発するか分からない…(--;)



通常の農場業務でも防疫対策は行っております

がこの高い緊張感からは早く免れたいものです。




保健所をはじめ、行政機関にはさまざまな事を

考慮した上で、くれぐれも現場を最優先した形の

最善な指揮&判断を期待します。m(._.)m





重ねて言うと、現在子牛の価格が高騰を続けて

おり我々生産の農家からしてみれば大変有り難い

事です(*^ー^)ノ♪…… なんですが…(--;)逆に

購買者の負担がかなり大きいものと思われます。



生産農家もこの高騰価格に「しばらくは安泰だ」

と思う呑気な農家と「牛業界の危機の始まりだ」

と先を見る農家と2つに分かれると思います(-_-;


前者がいつまでも続けば良いのですが、浮き沈み

が激しいこの業界、購買者の負担を考えると我々

は後者な考えで準備をしなければと思いますね…



そして何より農協を始め、市、あるいは県、国

レベルでの購買者への支援策など先を見据えた

思いきりのある対策を願いたいものですね(^o^;


まぁ、行政手腕は農業に限らず…ですけど(-_-;)



posted by kouji at 20:29| 鹿児島 | Comment(0) | ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月18日

第119話 後悔を糧に

3月も早中旬。長く感じたバカ寒い冬も終り、

そろそろ春到来ですかね〜♪( ´∀`)/~~



春になると気持ちも一転して、何をするにしても

スタートに新鮮さを感じます。(自分だけかな…)



また、人は過去の失敗を教訓にしながら前進して

いくもの。まぁ…自分の場合、あの時あ〜しとけ

ば〜…なんて、しょっちゅう…(--;)振り返り反省

ばかりです。日々学習あるのみですね(;´∀`)





話は変わりまして、この季節3月は牛の出産が重

なります。最近では上旬に福子(母牛名)がオスを





そして本日深夜0時過ぎに幸子(母牛名)がメスを






この幸子に関しては、今回が8産目でしたが過去

辛い出産経験がありました。それは、8年前の第

1産目(初産)が失敗した事です。死産でした(T-T)


当時僕はまだ就農しておらず、たまに手伝いする

ぐらいでしたが、この初産は忘れもしません。

〜〜〜…〜〜〜…〜〜〜…〜〜〜…〜〜〜…




陣痛が来たのが深夜。農場には母と僕しかおらず

幸子の異変を感じた母は、獣医さんに連絡するも

深夜という理由で来てくれない。僕もよく牛の事

が分からない時で、睡魔が襲ってきた理由で母を

一人農場に残し僕は帰宅してしまいました。




次の朝、農場に行ってみると放心状態の母の足元

には動かない生まれたての子牛が…



すでに死んでいました(ToT)



母は一人で幸子から子牛を引っ張りだそうとした

みたいですが、女一人の力では無理があったのか

取り出すのに時間が掛かりすぎて死亡したとか…



あの時、帰宅せず二人で素早く子牛を引き出せて

いれば子牛は死なずにすんだのかもしれない…



決定的な死亡原因は分かりませんが、あの時の事

は本当に後悔しております。産んだはずの子牛が

死んだ事も分からず、ずっと子牛を探しながら

泣いていた幸子を今でも忘れません( TДT)





それから幸子は毎年元気な子牛を産んでくれまし

た。本日8産目の出産も難産でしたが、みんなで

引っ張り出して無事出産しました。感謝(*^^*)♪



これからこの幸子が、あと何頭出産出来るか分か

らないのですが、あの時の辛く悲しい経験を糧に

日々の仕事を一生懸命取り組みたいと思います。





幸ちゃん!!今回も元気な子牛を産んでくれて

ありがとう♪これからの出産もずっと側にいる

から共に頑張っていこうなぁ〜(^o^ゞ

posted by kouji at 01:53| 鹿児島 ☁| Comment(0) | ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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